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私はいま、社員研修の講師をしていますが誰もが納得する華々しい経歴を持っている優秀な人間だったわけではありません。
それどころか昔は、手のつけられないヤンキーだったのです。
キッカケは小学校の頃、はじめてメガネをかけて登校した日「メガネ猿」一部の同級生から言葉のいじめが始まりやがてエスカレート。
そして脊柱そくわん症という病気になって中学3年生の春「リスクのある手術をするか、普通高校に通わず養護施設に入園するか」どちらかに決めなさいと迫られたとき
15歳の私は「もう、いじめられたくない!」「差別を受けたくない!」
親に反発してあっさり不良の仲間入り。更生するのに6年7年かかりましたが、家族、先生、親友のお陰で立ち直りました。
ギリギリ高校を卒業したあと、まともな人間になろうとしましたが、部活も勉強も頑張ったことがない私は、何をやってもダメで嫌になったらすぐに辞める。転職を繰り返していました。
今度こそ頑張ろうと決心したのも束の間、突然リストラにあったのです。田舎から出てきてひとり暮らし。明日からどうやって生活をしていけばいいのか途方に暮れたとき
資格も持っていない、夜遊びばかりで勉強なんてしたことがない自分。社会から見放されたとき気づいたのです。
まずは、手っ取り早く簿記の資格を取ってみよう。
本も私が読めそうなものを探してみよう。
こんなゼロからの出発のときモチベーションアップのCDに出会いました。
学校で勉強が出来た人だけが成功も幸せも掴んでいくと思い込んでいた私は、鈍器で殴られるほどの衝撃を受けたのです。
昔、悪さばかりして普通のOLになることさえハードルが高いのに学歴ナシ!資格ナシ!コネナシ!のような私でも人生を逆転することが出来る。なりたい自分になれる。「本当だろうか…」
田舎にいた頃、改造車の助手席に座って深夜、街を暴走する毎日。何になりたいのか、あてもなく過ごしていました。
そんなとき、フラフラしたまま定職に就かず追突事故を起こし友達が半年も入院するほどの大ケガを負わせました。兄が早急に友達の保障の手続きをしてくれたお陰で和解できましたが、家族からこっぴどく絞られました。
入院中ベッドの上で「お前はバカだのアホだの」繰り返されるお説教。傷跡がじんじん痺れる唇を押さえながら私は下を向いたまま頷くしかありませんでした。
退院してもことあるごとに事故の話をされて居心地が悪くて肩身が狭い。大阪にいる先輩がいつでもおいでと言ってくれている。頼ってみよう。逃げるように大阪の先輩を頼って出て行きました。
あのとき、住み慣れたところを出て新しい環境を求めてサッと行動できたことを思い出しました。いつまでもグループの中にいて変われない自分が嫌になっていたのも事実です。
わずか数年前、何のためらいもなく大阪に出てきて、今ここで自分が変われるかどうか雲を掴むような思いでしたが、やっと決まった大手派遣会社の正社員。
新しい環境に飛び込んで、嫌になっても踏ん張れる自分になろうと決めていました。
笑われるかも知れませんが、当時の私が出来たことといえば、封筒の切手貼りが早い。封筒ののり付けが早い。ファイリングが見やすい。これぐらいです。徐々に電話の応対も上達してクレーム処理もできるようになっていました。
派遣会社の朝礼は、会社の数字、最新のニュースなど、いきなり名指しをされて即答しないと上司の怒号が飛ぶほど背中に汗がつたう緊張の1時間。私の人生初、日経新聞の購読がスタートしました。
ちんぷんかんぷんでも目立つタイトルだけは押さえておこう。上司は大のゴルフ好き。私もゴルフの話題についていけるよう練習を始めてみよう。
「管理部の笹岡!前に出て来い!」朝礼で当てられたとき、日経新聞とゴルフの難しさを掛け合わせ、声が裏返りながら発表していました。
この上司のお陰で日経新聞を購読しビジネス誌や本などを買って読みあさり、お給料の中から1ヵ月2〜3万円、勉強代に使うように変わっていました。
きっと以前の私なら「何で会社のために自分のお金を使わないといけないの」と思っていたはずです。
でも自己投資をしながら自分の意見を持って会社づくりに参加していくことを時には「中途入社の知ったかぶりが!」怒号を受けながら教えてもらいました。
そんな時、新システムのITプロジェクトチームの上司が脱落、2人目も脱落。
残り1ヶ月しかないというとき私に「やってくれないか…」。
正直、耳を疑いました。時間がない。ITなんて分からない。それにしても何で私やねん!今の仕事をやりながらシステムの立ち上げなんてムリに決まっている。でも…、NOと言えなかったのです。
社会人になってリストラをされたことがあっても会社に助けを求められたのが、初めてでした。大きなリスク、自分の損得に悩む前、嬉しかったのです。基本的なシステムの間違いを社員が分担して不眠不休で修正できました。
全国から幹部が集まった日、肩書きのない私が幹部を前に新システムの発表の講師席に座っていました。あの怖い上司が教えてくれたのは、この席に座るためには、「勉強して会社づくりに参加する人間になれ!」でした。
そして、大阪中堅外食企業に転職をして入社1年で会社再編の管理職に就きました。誰もがやりたくない会社再編の嫌われ役に声がかかったのです。
600名のバッシングにあっても、1日20件業者の催促の電話があっても、社内で同僚から冷たい視線を浴びても、唇を噛み締めながら乗り切れたのは、会社づくりに参加することを教えてもらえたからです。
そして間違いだらけの体質を、小口現金の取り扱い、領収証の管理から見て取れました。経理とは、お金を扱う仕事。
お金を通して人間のウラの部分が見えてきたのです。この時、幾つになっても人を指導していくこと。教育の必要性を実感しました。
リストラされてから確かに、私の人生は逆転していました。
この体験を通して、社員のモチベーションを上げること、差別化された自立型人間をつくること、仕事のやりがいを見つけること。
私だけじゃなく誰もができるように人材育成ノウハウにしました。
離職率が高い介護施設のリーダー育成では90日で職場が改善されました。
職場のいじめに苦しんでいた管理職が1年後さらに昇進しました。
社員同士の声かけ1日10回のルールを決めて職場の連携がスムーズになりました。
組織の体質も人も変わることが出来ます。次はあなたの番です。
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