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力を抜かずやっていれば、道は開ける人生を送りたい。
野茂英雄投手 (進化する先駆者)

「ノモ・ソリューション」という社名には

メジャーリーグに立ち向かった野茂英雄投手から名づけて

自分の人生は自分で切り拓く人材を育てていくという、強い意志が込められています。


 1995年アメリカに渡り彼は、メジャーリーグのマウンドに立った。
 あの時の感動を今も忘れない。
 そして、あの時のバッシングを、今も忘れられない理由がある。

 会社勤務時代、困難を避けては会社は変われない。
 向かっていくたびに厳しい批判の嵐だった。
 その批判を聞いていては。前に進めない。志がゆがんでいく。そして成長が止まる。

 人のせいにして歩みをとめる事ができるが、会社の“これから”を考えると、自分に
 受けるバッシングぐらいで立ち止まれなかった。
 そんな時、彼の勇姿をメディアで知るたびにエネルギーを充電していった。
 
 1995年新人賞受賞
 1996年ノーヒットノーラン
 
 この年11月に日米野球で凱旋を果たしスポーツ紙に一面に
 「あれから2年、すべての人が言うはずだ。お帰りなさい。野茂英雄」と迎えた。
 
 メジャーに挑戦する前はひどいことを言われたりもしたが、
 彼は「外野が言っているだけ。雑音は関係ない。」いつもと変わらない。
 彼の精神的な強さを、私はいつも学んでいた。

 人の目を気にし過ぎて、自分の志を置いてきぼりにしたり、自分で悩みを肥大する
 こともあった。彼の姿で何度も救われた。
 
 2000年開幕投手
 2001年2度目のノーヒットノーラン
 2003年メジャー100勝達成。
 
 そして
 2005年、日米通算200勝達成。
 
 偉大な記録を樹立しても変わらないから、彼の魅力と野球を愛し続けているのです。
 野茂投手の公式サイト、若い力をバックアップBALLPLAYERSのサイトです。

 


なぜ、ダメ人間だった私が、仕事によって生まれ変われたのか、少しだけお話します。

10代の頃は、病気がキッカケでグレました。
生きることさえ希望を持てずに、居場所を求めて、不良グループの仲間入り。
そこからは、坂道を転げ落ちていく10代でした。


20代になって、初めて就職をしましたが、
職場で、ごまかしたり、適当に処理をしたり、そんないい加減な気持ちで仕事をしていました。「そんな社員は必要ない」と干されてはじめて、仕事の意味を知ったのです。


私は、高知の田舎から出てきて、ひとり暮らしをしています。このままずっと、仕事が見つからなかったら、明日どうやって食べていけばいいのか…。困り果てました。


そんな時、ある出合いがありました。


その出合いによって、私の人生は一変していきました。私が出合ったのは、モチベーションをアップさせるための1枚のCDでした。


これから生活の不安を考えたとき、生まれて初めて「勉強しよう」と思い立ったのです。だから、手っ取り早く資格が取れて、すぐ就職できそうな簿記を選びました。「資格を取って一から出直そう」そう自分に決意をして、遊びやおしゃれに目もくれず、勉強に没頭していったのです。


やがて、念願叶って簿記2級を取得し、再就職を果たしました。その、モチベーションをアップさせる方法を知って、それまでは、まるで仕事に対してやる気のなかった私が、本気に変わっていきました。


「お茶くみのプロになる」
「コピー取りのプロになる」
「電話応対のプロになる」



こんな、誰がやっても同じことですが、私は一流を目指しました。


もし、私が、やっとの思いで簿記の資格を取ったから「経理の仕事以外はやりたくない」とか経理の仕事ばかりに目を向けていたら、また失敗していたかもしれません。


横目で、同僚の女性社員たちからは「あんなことも出来ないの」と陰口を叩かれていました。当然です。今まで、適当に仕事をしてきたのですから。元ヤンキーといえども、私も人間です。雑音には相当へこみました。


次は、みんなが使う「文具用品の整理」「書類のファイリング」。取りやすいように、見やすいように、整えていきました。誰がもがやりたがらない、倉庫の整理もやりました。


そうすると、「笹岡さん、これやっといて」。御用聞きのように、ひとつ、また1つ、仕事の依頼が増えていっただけなのです。実は、仕事の実績に含まれない雑務、これを含めて仕事でした。


そして、30代の半ば、600名の外食産業で、会社再編の管理職に入社1年で就任しました。管理職になる直前まで、誰が見ても分かりやすいファイリングを続けてきました。
自分で言うのも可笑しいですが、ファイリングのプロと自負しています。


職場が、私を自律させてくれました。仕事で、人間の器が大きくなりました。
こんな私でも、変わることができたのです。
だから、私は頑張る女性を応援する立場になろうと決めました。


そして、野茂投手の姿勢を手本としていきたいと思っています。


笹岡郁子





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